あの頃の夕張を求めて

澄みきった空気、山並みに囲まれた豊かな自然の中で、炭鉱で開かれた先代の営みの上に、貧しくものびのびと成長した、そんなあの頃の夕張を探す画像ブログです。

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夕張神社

本町より北側、歴史村駐車場の向かい側に夕張神社があります。
市内で最も古い神社です。
画像 079
明治23年4月に夕張炭山の開坑が始まり、9月に鉄道敷設工事が始まりましたが、工夫・人夫ともに仕事に熟練していなかったので死傷者が相次ぎ、「山神様が幾万年もの間秘蔵していた宝物を人間が勝手に掘り出したので、山神様の怒りにふれ祟られたのだ」と信じる者もいました。
明治24年頃、片桐忠吉・石川市太郎(飯場主)らが発起人になり、採炭所次役古川浩平の賛助を得て、斜坑の上”登川村夕張炭山字社光”松尾国太郎が営んでいた浴場の右方に九尺角の拝殿を築造したのが最初でした。
宗教によって人心を安定させ災害を防止したいという願いがあったそうです。

しかし、それでも明治26年に工夫の暴動が発生し、逃亡する者や商人では離散する者もいました。
さらに、一番坑で夕張炭山で初の爆発事故が起こり、炭山全体が浮き上がり収拾出来なくなりました。
明治27年に拝殿が鬼門に当たると占った当時の北炭社長 高島嘉右衛門により、現在の場所に移され登川神社と称しました。
※後の高嶋易断のその人は、この高島嘉右衛門のことです。
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大正11年に焼失。
翌年に再建され、名前は”夕張神社”と改称され現在に至ります。
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本殿に掲げられている扁額は、元海軍大将 東郷平八郎の文字として署名されています。
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夕張市史には、戦前に境内に軽巡洋艦『夕張』の砲弾2個が建置されたと書かれていますが、現在は見渡す限り砲弾は見つけられませんでした・・・・当然ですよね。
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絵馬がたくさん奉納されています。
御利益は、『五穀豊穣』『商工繁栄』『市内平安』『家内安全』『学問成就』『縁結び』だそうです。

いまは静かな夕張神社ですが、あと20日もすれば初詣で賑わうのでしょうね。
市内にある他の神社のレポートも随時行いたいと思います。
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  1. 2011/12/07(水) 19:09:01|
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tomato (旅芸人)

Author:tomato (旅芸人)
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画像 011
夕張は人生のふるさと。鹿ノ谷で過ごした楽しかったあの頃を決して忘れません。現在は札幌在住。
往年の夕張を追い求めています。
上の写真は探索専用パジェロミニ。
11092411CIMG1885.jpg
カメラ:Nikon COOLPIX P500

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