あの頃の夕張を求めて

澄みきった空気、山並みに囲まれた豊かな自然の中で、炭鉱で開かれた先代の営みの上に、貧しくものびのびと成長した、そんなあの頃の夕張を探す画像ブログです。

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シークルキ川を遡る

紅葉山から久留喜に入り、シークルキ川沿いを行けるところまで遡りました。
画像 156
ここは道東道の下の新久留喜に抜けるトンネルです。

画像 176
ホルカクルキ川には、国鉄登川支線の橋げた跡が残っています。

画像 158
農家の入り口にポツンと久留喜会館。
まだ新しい建物ですが、かつての賑わいは感じられません。

画像 173
秋に写した吊橋です。
なんとか冬を越してほしいです。

画像 160
大きな建物です。
どなたかお住まいなのか、何かの施設なのでしょうか。

画像 161
かなり奥に入ってきて、新久留喜という地域に入りました。
離農農家の廃屋が残っています。
ここまで建物はここに紹介したものくらいしかありません。

画像 162
やっと稼動している農家に行き着きました。
道東道から2キロは山に入ったと思います。

画像 167
また山道のような道になり、人家はなくなりました。
シークルキ川です。

画像 169
更に奥地に広大な農家か2軒ほど残っていました。
この位置は本当に南の山奥なんです。

画像 171
とても悲しい建物です。

画像 164
ここから先には進めません、突き当たりになります。

帰り道に、新久留喜の最初の農家の方にお話をうかがいました。
このあたりは昭和の頃はビッシリ農家があったそうです。
平成になり、後継ぎのいなくなった農家が次々と離れていき、いまはほとんど残っていない状態になってしまったそうです。
久留喜の産業廃棄物処理場計画は中止になりましたが、ここはもう自分たちの代で終わりだろうと話されていました。
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  1. 2011/11/23(水) 00:33:12|
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tomato (旅芸人)

Author:tomato (旅芸人)
旅の友 フォード エコノラインE350

画像 011
夕張は人生のふるさと。鹿ノ谷で過ごした楽しかったあの頃を決して忘れません。現在は札幌在住。
往年の夕張を追い求めています。
上の写真は探索専用パジェロミニ。
11092411CIMG1885.jpg
カメラ:Nikon COOLPIX P500

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