あの頃の夕張を求めて

澄みきった空気、山並みに囲まれた豊かな自然の中で、炭鉱で開かれた先代の営みの上に、貧しくものびのびと成長した、そんなあの頃の夕張を探す画像ブログです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

真谷地の朝

画像 146
真谷地の線路跡と道路の交差していた分岐

往年の真谷地炭鉱中心部
事務所と詰め所、線路、竪坑、ポケットなど密集していた。
いまは山の林道のようにしか見えない光景が、かつて鉱業地帯だったと説明されても信じられない。
左の道を奥に上がって行くと、住宅が並んでいたのだ。
商店もあった。 小学校もあった。
たくさんの炭鉱マン家族の生活があった。

画像 139
竪坑跡 この上に10階建てのビルのような高層建築物があった。

画像 137
奥に入った真谷地2区の歩道。
どう見ても森の中。
こんなところにわざわざ歩道が必要なほど、往年の賑わいがあった。
人が歩いたのだ。

画像 117
2区の行き止まりのゲート。
当事はゲートもなく、このあたりに商店があった。
道をこのまま進むと1区の住宅があった。
その上には、上の沢という集落も。
この道から降りて、右手の草むらに入って下っていくと小学校があった。

画像 142
すべて、かつての住宅地そのものを写しているのだ。
もう、胸が痛くなる光景である。

3年前の真谷地
画像 073
真谷地炭鉱事務所跡
この歴史的な産業遺産を取り壊されたとき、ショックで市役所に苦情を入れた。
内地からも見学者が耐えない芸術的価値があった。

画像 072
真谷地炭鉱 作業員詰め所
竪坑の手前にあった。

4小学校へ続く橋(崩壊)
小学校への道を下った。
小川が流れていた。
橋がかかっていた、通学路の橋げたが残っている。

7坂を登る2
その橋げたに沿って坂を上っていく。
まるであたりは雑草と林の森だ。
ここは、かつての小学生が登校した道なのだ。

11記念碑全景
笹薮の中に・・・コンクリートの塊が。

1.jpg
もう、涙で言葉がでなかった・・・

01_convert_20110901101658.jpeg
往年の真谷地小学校
スポンサーサイト
  1. 2011/08/31(水) 15:31:41|
  2. 真谷地
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

三菱大夕張鉄道の朝

画像 130
朝霧の南部 南大夕張駅跡

なんという光景なのでしょう。
鹿の家族が仲良くお散歩しています。

画像 131
出勤なのか朝帰りなのか、町の方が普通に歩いています。
鹿がそちらを気にして見ています。

画像 136
ここは、かつての南大夕張の中心街。
目を疑う光景に、町の現実を知りました。
  1. 2011/08/30(火) 19:46:56|
  2. 南部
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

湖の向こうの町跡へ

画像 053
下夕張森林鉄道跡 5号橋梁真下から

シューパロ湖は、昭和37年大夕張ダムの完成で出来た人造湖です。
それ以前には「桜ヶ岡」と呼ばれ、戦後農業地域として32戸の世帯が開拓を行っていました。
夕張市内で例えると久留来のような光景だったのではないでしょうか。
下夕張森林鉄道は、ダムが出来る前は橋は少なく下の地面を走っていました。
この時期、ダムの水量が少なくなり往年の光景がほぼわかるような景色になります。

小学校もありました。
以下、わたしが取材した当事ここで生活されていた方の町の証言です。
「夕張川をつり橋で渡り、真っ直ぐに行く道と、右に行く崖淵で人がやっと1人通れる細い道を3~5メートル行くと林のようなところがありました。そこを少し下がったところがわたしの家でした。
家のすぐ横に夕張川ではなく細い川が流れていました。その川を渡り登って行ったところに、桜ヶ岡小学校分教室でしょうか、有りました。小野寺先生は、20歳代で校長になったとの事で、他に例がないのでは無いでしょうか」
このお話しを元に、桜ヶ岡小学校を探しに湖を渡りました。

画像 011
持ち運びに便利な組み立て式のフロートボートで対岸を目指し出発。
浅いところはオールでこいで、深いところで電動スクリューを作動させます。

画像 015
対岸にくぼんだ場所を見つけて上陸しました。 向こうから見た景色と違い湖に結構な幅がありました。

画像 019
上陸地点にいきなり、下を走っていた時代の旧森林鉄道のコンクリートの橋げたが現れました。
土ではなくコンクリートで、明らかに人口的な造形です。
こんなのが残っているなんて驚きました。

画像 021
桜ヶ岡小学校は、このあたりでしょうか。
物証がなく、どうもはっきりしないです。

画像 022
または、こちら側か。
対岸から見るより広大な土地です。

画像 028
林の中に冷蔵庫? これは鹿島から流れて来たものでしょうか。

画像 032
桜ヶ岡の林の中。 ジャングルのようです。

画像 037
いつの時代の看板なのでしょう。

画像 040
旧森林鉄道の橋げた跡と思われます。
木製の土台がむき出しで残っていました。
線路があったと思われる地面はコンクリートで固められていた跡が残っています。

画像 063
線路が繋がっていたと思われる光景。 コンクリートが地面に道路状に残っています。

画像 066
幅の広い川に突き当たりました。 時刻も夕方になり、引き返しましょうか。
6号橋梁です。

画像 075
それにしても、この造形は・・・

画像 085
桜ヶ岡から見た三弦橋と大夕張ダム
このツーショットは、ここからしか見れない光景です。

画像 088
桜ヶ岡から見た、新国道。
ダムが拡張され、あの高さまで水が来るなら、ここは年中完全に水没地帯になるでしょう。
今年見ておかないと二度と見れなくなるかも知れません。

画像 090
この棒状の金属が密集して落ちているところが何箇所かあります。
これは、当事のつり橋の金具かと思われます。

画像 091
日が暮れて暗くなってきました。
さあ、帰路につきます。
さよなら桜ヶ岡。
  1. 2011/08/28(日) 13:17:16|
  2. 桜ヶ岡・下夕張
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

訪問者数

今週のBGM

BGM

掲示板

プロフィール

tomato (旅芸人)

Author:tomato (旅芸人)
旅の友 フォード エコノラインE350

画像 011
夕張は人生のふるさと。鹿ノ谷で過ごした楽しかったあの頃を決して忘れません。現在は札幌在住。
往年の夕張を追い求めています。
上の写真は探索専用パジェロミニ。
11092411CIMG1885.jpg
カメラ:Nikon COOLPIX P500

項目

夕張地理 (7)
夕張歴史 (11)
夕張映画 (9)
夕張人 (4)
丁未・錦・富岡・福住・住初 (6)
社光・高松・小松 (8)
本町・旭町・昭和 (4)
末広 (3)
鹿ノ谷 (9)
富野 (3)
常盤・若菜・日吉 (4)
千代田・平和 (2)
清水沢 (15)
南部 (6)
桜ヶ岡・下夕張 (1)
鹿島 (7)
沼ノ沢 (3)
真谷地 (5)
紅葉山・久留来 (4)
楓・登川 (10)
十三里・滝ノ上 (5)
その他 (7)

最新記事

月別の記事履歴

皆様のコメント

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

リンク

当ブログは自由にリンクしてください。 見かけたら、こちらも相互リンクさせていただきますのでご了承ください。

管理人へメール直行便

名前:
メール:
件名:
本文:

迷惑IP・ホスト名

■■不具合情報■■   コメント欄に投稿すると、NGワードがあると表示されて投稿出来ないという不具合が複数の方より寄せられ、FC2に通報して設定を改善いたしました。 NGワードは設定していませんので、このようなことがあった場合、管理人にメール直行便でお知らせいただきたいと思います。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。