夕張市で一番東にある居酒屋さんです。
わたし、このお店はお気に入りで、もう20回くらいは行っていると思います。
平成9年まで鹿島栄町で営業していた大夕張最後の居酒屋だったそうです。

『居酒屋 張張』
〒068-0545 夕張市南部東町24番地1
電話 0123-55-2355
営業時間 19時~21時くらい(お客が帰るまで)
定休日 月曜
ご主人と奥様と2人でやっていて、ご主人は明石町出身、奥様は青森出身だそうです。
地元の話題が豊富で、料理もお客の好きな物が黙ってても出てきます。笑
移転先を南部にしたのは、少しでも大夕張に近いところでやっていたいという思いがあったからでした。

お勧めは、この冷凍したギョウジャニンニクです。
ご主人が自分で取りに行くそうで、これを食べたくて内地から来る人がいるくらいだそうです。
最初はなんだろうこれ・・・と思いましたが、しばらくすると無性に食べたくなる独特のひんやりした辛味がたまりません。
大夕張のことを一気に知りたい方は、ここに顔出すとよいと思います。
ビデオや写真集もあり、とても親切にお話ししてくれます。
帰りが困ったときは、お店の座敷に布団を敷いてくれて寝ていっていいよ、と。
わたし居酒屋で朝まで寝たのは初めてでした。

大夕張にあったころの張張さんです。
最後のころにはテレビの取材もたくさん来ていたそうです。

ご主人の高橋さんに当時の映像をお借りしました。
2代目だそうで、先代はお亡くなりになったそうです。
人口400人まで減った大夕張に最後までこだわった、町の顔です。

解体の時を迎えたお店です。
故郷が消滅して、湖に水没し、二度と戻ることが出来なくなるという未来を想像するだけで冷静ではいられない心理になります。
その時は近づいています。
ただ、落ち着いて大夕張の歴史を語るご主人のような方がいることが、わたしが大夕張を好きな理由です。
登川小学校の記念碑事業にも、お願いしていないのに協賛金を出してくれた方でした。
ふるさとを思う気持ちが他人事ではないような気がしたのだそうです。
みなさん、居酒屋張張さんをよろしくお願いします。
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- 2012/02/22(水) 10:20:39|
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夕張市内で、わたしのお気に入りのお店をご紹介。
清水沢2丁目の居酒屋「ともゆき」さん。
ご主人と奥様でお店を始めて30年くらいだそうです。
ご主人は、東京のホテルで中華の料理人をしていた本格派で、現在も中華料理がメニューにあります。
焼き鳥とお酒も、わたしの口に合いとても満足です。
ご主人は、幼年期は真谷地1区、少年期は5区で生活された真谷地の方です。
奥様は一見してジュディオングに似てます。
ちなみに「ともゆき」というのは、ご次男の名前から付けた店名だそうです。
ご主人は結構頑固なところがあり、料理とお酒がよかったので、わたしがお会計を多く置いて帰ろうとしましたが絶対に受け取らなかったです。
かなり粘ったのですが、とにかく受け取らなくて、外で押し問答しながらシャッターを閉められるほど頑固に受け取らなくて驚きました。 そんな店は初めてです。
そのインパクトが強くて、それからは夕張に行ったときはほぼ顔出してます。
ご主人はお話好きですが、エンジンかかるまで時間がかかります。
あまりうるさくするより、酔っても謙虚な気持ちでいる方がよいと思います。
奥様はやさしい感じで、何でもお話してくれますよ。
夕張に行ったときは、ぜひ立ち寄ってほしいお店です。

- 2012/02/01(水) 15:44:56|
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こちらに時々コメントされている、夕張出身ロケットマンさんの学生時代の笑うに笑えない思い出です。
とても珍しい内容なので記事にさせていただきます。

今から45年ほど前、夕張北高の物理部に國枝先生という顧問の先生がいました。
この先生を慕って十数名の学生が部活動に参加していました。
時に、アメリカがアポロ計画で月面を目指すという時勢で、北高物理部でも一同大いに宇宙への夢を膨らませていたころでしたが、直接の動機は糸川博士のペンシルロケットでした。
その中でK.Y(イニシャル)の発案でロケット班が立ち上げられ、K.Y N.H Y.M(ダイヤルMさん)そして私K.S(ロケットマンさん)が参加いたしました。

注:アルバム編集委員のイタズラで「ガラクタクラブ」となっていますが、物理部です。
白衣右が國枝先生です。
全道の高校の研究発表の場で、夕張北高はどこよりも先駆けてロケットの打ち上げを成功させようということになりました。
顧問の國枝先生も大いに賛成し盛り上がりました。
間違いは、この実験中に起きました。

昭和40年7月、國枝先生以下、北高物理部のロケットマンさんダイヤルMさん他一同は、北高グランドでロケットの燃焼実験をすることになりました。
夏休みを利用して物理部恒例の有珠でのキャンプのときに、ロケットの発射実験をする前のテストでした。
固形燃料を手篭めしていましたが、危ないのでは・・・と言う事で水で湿らせて篭めて乾燥させて点火することにしました。
ところが・・・点火直後に大爆発、本町の谷間に大音響がこだましました
白煙が学校グランド半分くらいまで覆い、辺り一面が大きく真っ白になり、それはどこに居ても見えました。

注:発火直後の写真
怪我人や建物の被害はありませんでしたが、とんだ騒ぎになりました。
さて、なぜ爆発したのでしょう。
今にして思えば乾燥時にクラックが入ったのかも知れません。
それで異常燃焼で爆発です。
ちなみに後日、このグランドの爆発事件で警察から國枝先生に問い合わせがあったという噂がありましたが真偽のほどはわかりません。
このように、夏には燃焼実験をし、冬には西の山に向けて飛ばし、何度もテストが行われました。

あの頃のロケットマンさんの家の周辺。
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キャンプの日がきました。
有珠に向かうため、重いズックのテントを担いで鹿ノ谷駅からゾロゾロと蒸気機関車に乗り込み出発しました。
ロケット本体の金属製の筒と発火装置と固形燃料も持参しています。
これ、いまならテロリストでしょうか、多分捕まります。
注: 後日、国内でテロ事件が発生しましたが、爆薬の酸化剤に同じ物が使われていました。
また燃焼物については・・・それは秘密!。
この酸化剤が、わりと不安定で自然発火する事が有ると聞きました。良く事故が起きなかったものです。
三木薬局から数キロ単位で購入しましたが、三木さんでもこんな事知らなかったのでしょう。
キャンプ場に到着して、テントを張り一同海岸遊びで走り回っていたところ・・・
海岸の海に向かって右側に岬が有り その奥にウニが足の踏み場が無い程いっぱい有るのを見つけました。
地元の方に聞くと毒の有るウニとの事で、ビックリ危なかった・・・
(大人になって寿司屋で知りましたが、あれは馬糞ウニで美味しいんだと!)

早速ロケットを発射しようと準備にかかります。

点火!
ロケット花火の方が良く飛ぶ!と皮肉られたそうです。
國枝先生は、とても人気のある先生でした。
コンドー〇の話をよくしていて、男子が異常に盛り上がっていました。(女子生徒談)
今でも天国で國枝先生がボトル片手にそっくり返って大笑いしていそうです。
ヤッホ- 先生 御機嫌いかが!

注:教員集合写真
2列目右から7人目が国枝先生です。
もう、すべてが遠い昔の出来事になり、そんな真面目な学生だったロケットマンさんも還暦を過ぎたそうです。
おおらかなあの頃の夕張を感じさせる青春の思い出でした。
おわり
- 2012/01/12(木) 17:33:52|
- 夕張人
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